東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7900号 判決 1981年8月27日
原告
石橋宏
ほか一名
被告
井田有朋
ほか一名
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告石橋宏に対し金一九六〇万円及び内金一八〇〇万円に対する昭和五三年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告日本精工健康保険組合に対し金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五五年五月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生(以下、本件交通事故という。)
(一) 日時 昭和五三年一月八日午後九時ころ
(二) 場所 鎌倉市材木座六―二二―四先(国道一三四号線)
(三) 加害車 普通乗用自動車(足立五五さ二五一号)
被告株式会社東京製粉機製作所(以下被告会社という。)保有、被告井田運転(以下、被告車という)。
(四) 被害車 自動二輪車(一相模は一九九四号)、原告石橋運転(以下、原告車という)。
(五) 態様 両車の正面衝突。
2 責任原因
(一) 被告会社
被告会社は、被告車の保有者であつて、被告井田はその従業員であり、本件事故はその運行中に発生したものであるから、被告会社は自賠法三条により賠償責任がある。
(二) 被告井田
被告井田は、被告車を運転して高速度で進行中、前方約七二ないし七三メートルに、中央線に寄つて対向進行して来る原告車を発見しながら、直ちに減速・左転把をすることなくそのまま漫然と進行をつづけ、原告車が四〇ないし五〇メートル前方で中央線を越したのを発見してようやく僅かに左に寄り、衝突直前に至つてはじめて急制動をした過失により、自車を斜右前方向にスリツプして逸走させたため、中央線より四〇センチメートル位被告走行線内において原告車に衝突して本件事故を惹起し、これにより後記損害を生ぜしめたものであるから、右事故につき賠償責任がある。
3 権利の侵害
原告石橋は、本件交通事故により、右頭蓋骨骨折、左側頭部裂創、右脛腓骨骨折(開放性)の重傷を受けた。
4 損害
(一) 原告石橋の損害
(1) 治療費(自己負担分) 金四一九万一五六〇円
(2) 近親者(母)付添看護費 金一二万二五〇〇円
(要付添日四九日、一日金二五〇〇円の割合)
(3) 入院雑費 金三〇万七五〇〇円
(入院六一五日、一日金五〇〇円の割合)
(4) 通院等交通費 金四万九〇〇〇円
(5) 休業損害 金四四八万四七一一円
<1> 原告石橋は訴外日本精工株式会社の社員でありその電子技術部に所属する者である。
<2> 休業期間は昭和五三年一月九日から昭和五五年二月二九日(七八二日)である。
<3> 昭和五二年度の年間収入(含、賞与)は金二八三万二一〇九円である。原告組合より傷病手当金として填補分金一五七万六〇〇二円を差引く。
(6) 逸失利益 金二九五八万七五四一円
<1> 後遺症 右下肢五糎短縮 八級の五
右足関節用廃 八級の七
右膝関節の著るしい機能障害 一〇級の一〇
以上併合六級となる。
<2> 労働能力喪失率は六七パーセントである。
<3> 労働能力喪失期間三一年(ライプニツツ係数は一五・五九二八)
<4> 後遺症固定昭和五五年四月一一日、当時三六歳
(7) 慰謝料 金一〇〇〇万円
<1> 入通院慰藉料 金二五〇万円
(入院六一五日、通院二〇三日内実日数三七日)
<2> 後遺症慰藉料(併合六級) 金七五〇万円
(8) 小計 金四八七四万二八一二円
(9) 弁護士費用 金一六〇万円
(10) 合計 金五〇三四万二八一二円
(二) 原告組合の損害
(1) 原告組合は、原告石橋等日本精工株式会社の従業員を被保険者とし、健康保険法に基き設立された健康保険組合である。そして原告石橋が、本件交通事故により負傷したので、原告組合は原告石橋に対し、その入院・通院治療費及び傷病手当金として左記のとおり保険給付した。よつて、原告組合は健康保険法六七条に基き右給付金につき原告石橋が被告らに対して有する損害賠償請求権を取得した。
<1> 治療費 金六七六万七二〇〇円
原告組合は昭和五三年三月一日から同五五年四月までの間に原告石橋の治療費として合計金六七六万七二〇〇円を支給した。
<2> 傷病手当金 金一五七万六〇〇二円
原告組合は昭和五三年二月一七日から同五四年八月までの間に傷病手当金として合計金一五七万六〇〇二円を支給した。
<3> 小計 金八三四万三二〇二円
(2) 弁護士費用 金四〇万円
(3) 合計 金八七四万三二〇二円
5 結論
よつて、被告両名各自に対し、原告石橋は金五〇三四万二八一二円の損害賠償請求権を有するので、内金一九六〇万円及びその内金一八〇〇万円に対する昭和五三年一月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告組合は金八七四万三二〇二円の損害賠償請求権を有するので内金四四〇万円及びその内金四〇〇万円に対する昭和五五年五月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は認める。
2(一) 同第2項(一)事実中、被告井田が被告会社の従業員であることは認め、その余は否認ないし争う。被告会社は昭和五二年八月頃、本件被告車を被告井田に譲渡しており、本件事故発生当時被告車の保有者ではない。
(二) 同項(二)の事実中、被告井田が被告車を運転して進行中、中央線を越えて来た原告車と衝突して本件交通事故が発生したことは認め、その余は否認ないし争う。
3 同第(三)項(一)、(二)の各事実は全部争う。
三 抗弁
(免責の抗弁)
被告井田は、被告車を運転して逗子方面より鎌倉方面に向い飯島トンネルを抜けて時速約四〇キロメートル(制限速度五〇キロメートル)にて右カーブ下り坂の本件事故現場付近を進行中、対向車線から自車線に侵入し向つて来る原告車を約二〇メートル前方に発見、原告車との接触を避けるべく急制動をかけ、ハンドルを左転把する等の措置をとつたが間にあわず本件事故が発生したものである。
本件事故現場付近は、追越禁止、はみだし禁止の交通規制がなされているところであり、且対向してくる被告車があつたのであるから、車両運転車としてはセンターラインを越えて対向車線に浸入しないように走行すべき業務上の注意義務があつたにもかかわらず、原告石橋は右注意義務を怠り、原告車をセンターラインから二メートル以上も対向車線に侵入して走行させ本件事故を発生させたものである。以上のように本件事故は原告石橋の一方的かつ重大な過失によつて発生したもので被告井田に過失がなく、また被告車には構造上の欠陥及び機能上の障害もなかつた。
よつて仮りに被告会社が被告車の保育者であつたとしても被告会社には自賠法三条但書により責任がない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項(事故の発生)、(一)日時、(二)場所、(三)加害車、(四)被害車、(五)態様、の各事実は当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第一号証と乙第一ないし第九号証及び原告石橋宏と被告井田有朋の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認められる。
1 本件事故現場は、逗子方面から江の島方面へ東西に通じる右曲線下り坂の乾燥したアスフアルト舗装の上下各一車線の自動車専用道路(湘南道路)の飯島トンネル江の島出入口付近路上であつて、中央線をはさんでの片側道路幅は各四・四メートルであり、付近には照明装置(水銀灯)があり明るいが、カーブのため見通しは良好とはいえず、同所の交通規制としては制限速度は時速五〇キロメートルである。
2 被告井田は、被告車を運転して逗子方面から江の島方面に向け前記飯島トンネルを抜けて時速約四〇キロメートルの速度で進行して間もなく対向車のオートバイのライトを発見し、次いで同車が中央線付近に至り、そのまま自車線内に進入するのを見て左に転把して急制動の措置をとり、車線外、路側帯のコンクリート側壁近くに避譲するも回避できず自車線内で自車右前部に原告車が衝突したのち、そのまま原告車車線内に斜めに進入し同車線の外側ガードパイプに接触して停止した。
3 原告石橋は原告車(オートバイ、排気量、〇・二五〇リツトル。)を運転し江の島方面から逗子方面に上り坂を制限速度を超える時速約六〇ないし七〇キロメートルで東進中、事故現場付近の道路状況が良く分らないこともあり、左カーブであることの認識も不十分なまま対向車のライトの影響もあつて中央線に気付くことなく、これを越えてから、対向車線に入つてしまつたこと及び同車線を進行接近する被告車に気付き、直ちに急制動の措置をとり左にハンドルを切つて衝突を回避しようとしたが、間に合わず、自車を被告車に衝突せしめ(衝突地点は被告車進行車線内で路側帯外の側壁から二・二メートルの位置である。)、次いでその衝撃により左斜前方の自車線内の左側端に右自動二輪車を転倒させ、自らは前記衝突場所から左斜前方一八・四メートルの地点に転倒した。
以上の事実を認定することができ、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定の事実関係によれば、被告井田には本件交通事故の発生につきなんらの過失もなく、原告石橋に対向車線進入、速度違反、前方不注視の過失が認められる。したがつて、原告らの被告井田に対する本訴各請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。
三 本件交通事故は、右認定のように原告石橋の一方的過失により発生したもので被告井田にはなんらの過失もなく、前記本件事故態様等及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告会社は前記被告車の運行に関し注意を怠つていなかつたものと推認され、被告井田有朋本人尋問の結果によれば、右被告車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はないのであるから、被告会社にはその余の点を判断するまでもなく、自動車損害賠償保障法三条但書に規定する免責事由があるものというべく、同被告会社には本件交通事故に基づく原告らの損害を賠償すべき義務はない。
四 以上のとおりであるから、原告らの被告らに対する本訴各請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲田龍樹)